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隠し通されてきた朝鮮移民
私が、名古屋市中村区で育ち、小中学校で暴力団子弟にいじめられて鬱病を発症していたことは何回も書いた。以来、私は精神障害を抱えて生きてゆくことになってしまった。
その暴力団子弟は、中村区大門にあった「赤線地帯=トルコ風呂地帯」を縄張りとする在日系暴力団の子供たちだった。
現在、山口組の中核は、中村区の弘道会という暴力団で、6代目司忍こと篠田建市氏も弘道会司組長だった。弘道会こそ、大門の支配者だったといっていい。
もっとも、子供時代の大門の元締めは、まるで勝新映画に出てくる「シルクハットの親分」そのままだった。
祖母は、親分の家の家事手伝いをしたが、税務署が来ると、庭で抜き身の日本刀を振って恫喝していたという。
ちなみに、私が大門の中央交通というタクシー企業で運転手をしていたとき、1990年前後だが、司組の送迎をたくさんした。幹部と仲良くなったほどだ。当時私は、冬山登山を趣味にしていたのだが、中央アルプスの越百山をゲレンデにして毎週のように通っていた。
このとき、越百山の稜線で何回かヤクザらしいヤクザと遭遇した。彼は、明るく、大声で互いに挨拶を交わした。
タクシーで司組長を乗せたとき、越百山のヤクザが彼であったことに気づいた。山口組六代目の趣味は、冬山単独登山だったのだ。
後に、菅沼国家公安委員長は、外国記者団の講演で、日本の暴力団の9割が在日者であることを明らかにした。
どうして、在日者にヤクザが多いのかというと、1950~90年代くらいまで、戦後、日本社会は激しい民族差別社会だったからだ。理由としては、敗戦後、数年間、第三国人時代ということになって、戦時中、戦前に警察に痛めつけられていた在日の人たちが、いっせいに力をつけ、警察に復讐したり、暴力的に社会を支配する傾向があったことも上げられる。
しかし、当時、著名企業や官公庁では、在日者や部落居住者たちを絶対に雇用しなかった。だから、在日者の仕事場としては、飲食業・接待業・遊戯産業・芸能界・スポーツ界・土建屋くらいしかなく、とりわけヤクザ稼業は在日者の大きな仕事場にならざるをえなかった。
電信電話公社など、1990年代まで壬申戸籍・部落名鑑を利用していたことが糾弾されたほどだ。
在日者は、仕事の門戸が極めて狭かったが、スポーツ界や芸能界では主役になった。著名な大選手、大歌手の多くが在日者だった。
力道山・大山倍達・金田正一・張本勲・美空ひばり・都はるみ・五木ひろし・矢沢永吉など、あまりに多すぎて書ききれない。
在日者を芸能界やスポーツ界から排除したなら、空っぽになってしまうほどだ。
それは、遊戯業界でも同じで、パチンコ産業の9割が在日企業だった。
大門の真正面に正村会館があったが、それはパチンコの創始者、正村竹一の子弟の経営だった。私は小中学校で、その娘と同級生だった。
今見ると、正村竹一は、岐阜市出身の日本人と書かれている。
しかし、関係者の多くが、彼が北朝鮮系在日者だったことを知っている。上の履歴は、ほとんどウソなのだ。
私の通った小中学校は、大門が学区に含まされていたので、赤線関係者がものすごく多かった。またパチンコ産業の子弟も多かった。クラスに数名は必ず含まれていた。
彼らが在日者であることを、私が知ったのは、20歳代になり、名古屋の民族差別構造を知る機会があったからだ。
在学中は、一切それを教えられなかったし、学友の誰が在日だったかもまったく知らなかった。
だが、中村区には、民団と総連の本部があったし、戦前、零戦の機体を作っていた三菱重工岩塚工場があって、数万人の朝鮮移住者が雇用されていた。
だが、住民にも、そうした情報は一切知らされておらず、私が朝鮮移住者の実態を知ったのは、もうかなりの年齢になってからだ。
中村区はパチンコ産業関係者が多く、在日者も多かった。たぶん同級生の数割が在日だった。
1900年ころ、李朝は事実上瓦解し、大韓帝国という日本政府の傀儡政権ができた。 それから、1910年に日本は、大韓帝国を併合し、朝鮮国は日本となり、朝鮮人は日本人になった。
それまで、李朝には奴隷制度があった。李朝社会では、厳格な身分制度があり、最上位、特権階級の両班の下に、良人・中人・常人・白丁(賤民)などの被差別階級が置かれた。
両班階級による民衆支配が、どれほど傲慢で残酷なものだったかは、たくさんの記録がある。」
たとえば、中年女性が首枷にかけられて路傍に放置されている写真があるが、これは両班によって、「口うるさい=井戸端会議で李朝の悪口を言った」のような理由で、拘束された。
また、李朝には奴隷制度があり、アメリカと同様に、いつでも足枷をつけられ拘束されていた。
両班階級は、道端で好みの女性を見つけると、自由に強姦することが許された。殺人さえも罪に問われなかった。これが現代韓国が世界最大の強姦王国になっている歴史的理由である。
明治の李朝社会が、どれほど悲惨だったかは、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」に書かれている、西郷隆盛が1870年頃、韓国に送った密偵による朝鮮社会の実情からも分かる。
西郷は、これを聞いて激怒し、「今すぐ朝鮮を日本に併合すべし」と主張した。これが征韓論である。結局、西郷は西南戦争に斃れたが、征韓論は1900年ころ実現した。
朝鮮民衆は、両班階級による傲慢な圧政の中で窒息させられながら生きていた。自由に生きることは許されず、奴隷としての悲惨で残酷な境遇しかなかった。
そこに日本という帝国主義の外圧がやってきた。
日本は、1900年段階で、李朝を大韓帝国という傀儡国家に作り変えたが、このとき、明確に奴隷制度を廃止させ、韓国民衆を李朝両班階級の非人道的な独裁から解放した。1910年に、大韓帝国も正式に日本に併合した。
これで、圧政から解放された朝鮮民衆は喜び、日本国民として堂々と日本国に渡航することができるようになった。
ちょうど、日本は帝国主義黎明期であり、200万人以上の青年を徴兵し、海外に送り込みはじめた。そこで軍事産業の人手不足が生じ、朝鮮移民の大きな労働需要が生まれた。
大韓帝国1300万人のうち、実に300万人以上が日本にやってきた。
JICAの公式記録によれば、210万人だが、国境がなくなったのだから、朝鮮半島からの交通は、もはや密入国ではなく、人々は自由に往来し、仕事の多い日本に定着するようになったのである。
韓国独立後も、李承晩が民主派韓国民にジェノサイド大虐殺を行ったことで、数万人単位の脱出=密入国者があり、彼らは釜ヶ崎などに定着した。
私も、1970年代はじめに、人夫寄せ場で仕事をして、在日者のお世話になった。確か柳さんという解体業者だが、彼らから慰安婦の実態を聞き、慰安婦虐待を行ったのは、日本人ではなく朝鮮人女衒だったという話も聞いた。
今でも、土建・飲食・芸能・スポーツ界・暴力団は、在日者の天下である。
300万人の子孫は、たぶん今では1000万人を超えるが、自分が在日子孫であることを知らない人が大半ではないだろうか?
芸能・スポーツ・遊戯産業・暴力団の実力者たちは、ほとんど在日者といっても間違いではない。
だが、在日者が日本で占めている役割が報道されたことなど皆無だ。学校で教えられたことも皆無だ。これまでアンタッチャブルなタブーとして隠し通されてきたのだ。
その最大の理由が、おそらく国会議員の多数が実は在日者である事実を知られたくないからだろう。
戦後、日本社会を構築した政治的リーダーの第一人者が岸信介だった。
彼は田布施に生まれ育ったが、それを隠すため4回も転居し、戸籍を書き換えた。当時、田布施は「朝鮮部落」と呼ばれた在日根拠地だったからだ。
岸信介の曽祖父は、李要蔵という平安北道出身の両班だった。
岸は、満洲国副総理の時代に、裕仁の許婚だった梨本宮方子を無理矢理、大韓帝国王、李垠に降嫁させた。そして昭和通商という世界最大の麻薬武器販売組織を作り、太平洋戦争の4000兆円といわれる軍資金を稼いだ。
そこに、笹川良一・児玉誉士夫・文鮮明・小泉純也らがいた。
今になって、笹川良一や児玉誉士夫が生粋の朝鮮人であったことが暴露された。笹川良一の朝鮮戸籍が暴露され、そこに「文尭」と書かれていた。
小泉純也の故郷、加世田も田布施と同じように「朝鮮部落」と言われていた。
戦後の自民党政権を支えたのは、ほぼ全員が朝鮮人であり、唯一鳩山一郎だけが北海道だった。彼らの資金は、昭和通商の麻薬(アヘンではなくヘロイン)だったといわれる。
そして、岸信介も文鮮明も李朝両班階級出身だった。
両班は、1910年の朝鮮併合と奴隷制度廃止で、自分たちの支配者としてのメンツを潰されたと感じ、日本への復讐を誓っていた。
ここで、両班による日本に対する「千年の恨」が発動し、この目的のため統一教会が作られ、文鮮明と岸信介、朴正煕が相談して、韓国が日本政府を支配するためのプロコトルとして「国際勝共連合」が作られた。
まさに、朝鮮・韓国人による日本政府の乗っ取り工作が始まったのだ。
統一教会は、1980年ころから、学業優秀な若者を原理研(CARP)に組織し、自民党員選挙の活動を担い、その恩として公設秘書になり、キャリア試験合格組は、日本政府中枢の官僚になった。
官僚の行先は、大蔵省(財務省)、文部省(文科相)、通産省(経産省)、防衛庁、警察庁、法務省(検察庁)、最高裁だったといわれる。つまり、日本の行政のすべてに統一教会の人材が送り込まれた。
安倍晋三の時代、安倍は最高裁判事まで統一教会の息のかかった人物を任命し、検事総長には原理研出身の黒川弘務を選任しようとして阻止され、法務大臣には、河合克行が送り込まれたが、別件で排除された。
統一教会の魔手は皇室にまで伸びた。文鮮明は「天皇制を廃止させる」と公言し、副会長の久保木修身に天皇の代理人として文鮮明を拝礼させていた。
そこで、文鮮明の息のかかった在日朝鮮人である川島和子の娘、紀子を秋篠宮の妻として送り込んだ。紀子は、本当は徳仁の妻になる予定だったと述べている。
皇族にも、たくさんの統一教会信者を作った。
まさに、統一教会は、日本の三権である、行政、司法、国会、首相府を完全掌握する寸前にあるといっていい。さらに高市早苗を首相に送り込んで、皇室典範を改定させ、明仁氏の血筋を追放し、朝鮮系皇室人脈のなかから天皇を新たに選任しようとしている。その本命は悠仁だろう。
統一教会は、日本という国を乗っ取っているといっても過言ではない。
そのなかで、高市早苗は、とうとう、自分が統一教会員であることを、あからさまに見せつける国会答弁を行った。
人生は、7世代前からの因縁の結果という説明で、これは個人の自由を否定し、先祖や家父長、国家に人生を縛り付けるための詭弁であって、統一教会の代表的な理論だ。
高市は、自分が統一教会員であることを知られても構わないと決意した。
これだけ国家権力を握ったのだから、もう誰も文句を言わないだろうと表明したに等しい。
これからは、統一教会の論理を国民に強要すると、決意表明したに等しい。
日本という国が、朝鮮李朝の両班階級の80年以上にわたる朝鮮併合の復讐計画がの前に屈し、乗っ取られる寸前であることを示した。
私は20年以上前から、このことを何百回もブログに書き、警告を発してきた。しかし、耳を傾けてくれる人は、ごく少数だった。
高市とCIAの合同作戦である日本人奴隷計画は成功するのか?
私は、これから戦争と大地震で、原発が崩壊し、放射能に追われて、国民が行き場を失って逃げ惑う時代がやってくると思う。
そんな大混乱の時代に、統一教会の支配は自滅するしかないと確信している。
AIや兵器ではない。生身の人間の、本当の強さが問われる時代がやってくるのだ。
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6235605.html
その暴力団子弟は、中村区大門にあった「赤線地帯=トルコ風呂地帯」を縄張りとする在日系暴力団の子供たちだった。
現在、山口組の中核は、中村区の弘道会という暴力団で、6代目司忍こと篠田建市氏も弘道会司組長だった。弘道会こそ、大門の支配者だったといっていい。
もっとも、子供時代の大門の元締めは、まるで勝新映画に出てくる「シルクハットの親分」そのままだった。
祖母は、親分の家の家事手伝いをしたが、税務署が来ると、庭で抜き身の日本刀を振って恫喝していたという。
ちなみに、私が大門の中央交通というタクシー企業で運転手をしていたとき、1990年前後だが、司組の送迎をたくさんした。幹部と仲良くなったほどだ。当時私は、冬山登山を趣味にしていたのだが、中央アルプスの越百山をゲレンデにして毎週のように通っていた。
このとき、越百山の稜線で何回かヤクザらしいヤクザと遭遇した。彼は、明るく、大声で互いに挨拶を交わした。
タクシーで司組長を乗せたとき、越百山のヤクザが彼であったことに気づいた。山口組六代目の趣味は、冬山単独登山だったのだ。
後に、菅沼国家公安委員長は、外国記者団の講演で、日本の暴力団の9割が在日者であることを明らかにした。
どうして、在日者にヤクザが多いのかというと、1950~90年代くらいまで、戦後、日本社会は激しい民族差別社会だったからだ。理由としては、敗戦後、数年間、第三国人時代ということになって、戦時中、戦前に警察に痛めつけられていた在日の人たちが、いっせいに力をつけ、警察に復讐したり、暴力的に社会を支配する傾向があったことも上げられる。
しかし、当時、著名企業や官公庁では、在日者や部落居住者たちを絶対に雇用しなかった。だから、在日者の仕事場としては、飲食業・接待業・遊戯産業・芸能界・スポーツ界・土建屋くらいしかなく、とりわけヤクザ稼業は在日者の大きな仕事場にならざるをえなかった。
電信電話公社など、1990年代まで壬申戸籍・部落名鑑を利用していたことが糾弾されたほどだ。
在日者は、仕事の門戸が極めて狭かったが、スポーツ界や芸能界では主役になった。著名な大選手、大歌手の多くが在日者だった。
力道山・大山倍達・金田正一・張本勲・美空ひばり・都はるみ・五木ひろし・矢沢永吉など、あまりに多すぎて書ききれない。
在日者を芸能界やスポーツ界から排除したなら、空っぽになってしまうほどだ。
それは、遊戯業界でも同じで、パチンコ産業の9割が在日企業だった。
大門の真正面に正村会館があったが、それはパチンコの創始者、正村竹一の子弟の経営だった。私は小中学校で、その娘と同級生だった。
今見ると、正村竹一は、岐阜市出身の日本人と書かれている。
しかし、関係者の多くが、彼が北朝鮮系在日者だったことを知っている。上の履歴は、ほとんどウソなのだ。
私の通った小中学校は、大門が学区に含まされていたので、赤線関係者がものすごく多かった。またパチンコ産業の子弟も多かった。クラスに数名は必ず含まれていた。
彼らが在日者であることを、私が知ったのは、20歳代になり、名古屋の民族差別構造を知る機会があったからだ。
在学中は、一切それを教えられなかったし、学友の誰が在日だったかもまったく知らなかった。
だが、中村区には、民団と総連の本部があったし、戦前、零戦の機体を作っていた三菱重工岩塚工場があって、数万人の朝鮮移住者が雇用されていた。
だが、住民にも、そうした情報は一切知らされておらず、私が朝鮮移住者の実態を知ったのは、もうかなりの年齢になってからだ。
中村区はパチンコ産業関係者が多く、在日者も多かった。たぶん同級生の数割が在日だった。
1900年ころ、李朝は事実上瓦解し、大韓帝国という日本政府の傀儡政権ができた。 それから、1910年に日本は、大韓帝国を併合し、朝鮮国は日本となり、朝鮮人は日本人になった。
それまで、李朝には奴隷制度があった。李朝社会では、厳格な身分制度があり、最上位、特権階級の両班の下に、良人・中人・常人・白丁(賤民)などの被差別階級が置かれた。
両班階級による民衆支配が、どれほど傲慢で残酷なものだったかは、たくさんの記録がある。」
たとえば、中年女性が首枷にかけられて路傍に放置されている写真があるが、これは両班によって、「口うるさい=井戸端会議で李朝の悪口を言った」のような理由で、拘束された。
また、李朝には奴隷制度があり、アメリカと同様に、いつでも足枷をつけられ拘束されていた。
両班階級は、道端で好みの女性を見つけると、自由に強姦することが許された。殺人さえも罪に問われなかった。これが現代韓国が世界最大の強姦王国になっている歴史的理由である。
明治の李朝社会が、どれほど悲惨だったかは、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」に書かれている、西郷隆盛が1870年頃、韓国に送った密偵による朝鮮社会の実情からも分かる。
西郷は、これを聞いて激怒し、「今すぐ朝鮮を日本に併合すべし」と主張した。これが征韓論である。結局、西郷は西南戦争に斃れたが、征韓論は1900年ころ実現した。
朝鮮民衆は、両班階級による傲慢な圧政の中で窒息させられながら生きていた。自由に生きることは許されず、奴隷としての悲惨で残酷な境遇しかなかった。
そこに日本という帝国主義の外圧がやってきた。
日本は、1900年段階で、李朝を大韓帝国という傀儡国家に作り変えたが、このとき、明確に奴隷制度を廃止させ、韓国民衆を李朝両班階級の非人道的な独裁から解放した。1910年に、大韓帝国も正式に日本に併合した。
これで、圧政から解放された朝鮮民衆は喜び、日本国民として堂々と日本国に渡航することができるようになった。
ちょうど、日本は帝国主義黎明期であり、200万人以上の青年を徴兵し、海外に送り込みはじめた。そこで軍事産業の人手不足が生じ、朝鮮移民の大きな労働需要が生まれた。
大韓帝国1300万人のうち、実に300万人以上が日本にやってきた。
JICAの公式記録によれば、210万人だが、国境がなくなったのだから、朝鮮半島からの交通は、もはや密入国ではなく、人々は自由に往来し、仕事の多い日本に定着するようになったのである。
韓国独立後も、李承晩が民主派韓国民にジェノサイド大虐殺を行ったことで、数万人単位の脱出=密入国者があり、彼らは釜ヶ崎などに定着した。
私も、1970年代はじめに、人夫寄せ場で仕事をして、在日者のお世話になった。確か柳さんという解体業者だが、彼らから慰安婦の実態を聞き、慰安婦虐待を行ったのは、日本人ではなく朝鮮人女衒だったという話も聞いた。
今でも、土建・飲食・芸能・スポーツ界・暴力団は、在日者の天下である。
300万人の子孫は、たぶん今では1000万人を超えるが、自分が在日子孫であることを知らない人が大半ではないだろうか?
芸能・スポーツ・遊戯産業・暴力団の実力者たちは、ほとんど在日者といっても間違いではない。
だが、在日者が日本で占めている役割が報道されたことなど皆無だ。学校で教えられたことも皆無だ。これまでアンタッチャブルなタブーとして隠し通されてきたのだ。
その最大の理由が、おそらく国会議員の多数が実は在日者である事実を知られたくないからだろう。
戦後、日本社会を構築した政治的リーダーの第一人者が岸信介だった。
彼は田布施に生まれ育ったが、それを隠すため4回も転居し、戸籍を書き換えた。当時、田布施は「朝鮮部落」と呼ばれた在日根拠地だったからだ。
岸信介の曽祖父は、李要蔵という平安北道出身の両班だった。
岸は、満洲国副総理の時代に、裕仁の許婚だった梨本宮方子を無理矢理、大韓帝国王、李垠に降嫁させた。そして昭和通商という世界最大の麻薬武器販売組織を作り、太平洋戦争の4000兆円といわれる軍資金を稼いだ。
そこに、笹川良一・児玉誉士夫・文鮮明・小泉純也らがいた。
今になって、笹川良一や児玉誉士夫が生粋の朝鮮人であったことが暴露された。笹川良一の朝鮮戸籍が暴露され、そこに「文尭」と書かれていた。
小泉純也の故郷、加世田も田布施と同じように「朝鮮部落」と言われていた。
戦後の自民党政権を支えたのは、ほぼ全員が朝鮮人であり、唯一鳩山一郎だけが北海道だった。彼らの資金は、昭和通商の麻薬(アヘンではなくヘロイン)だったといわれる。
そして、岸信介も文鮮明も李朝両班階級出身だった。
両班は、1910年の朝鮮併合と奴隷制度廃止で、自分たちの支配者としてのメンツを潰されたと感じ、日本への復讐を誓っていた。
ここで、両班による日本に対する「千年の恨」が発動し、この目的のため統一教会が作られ、文鮮明と岸信介、朴正煕が相談して、韓国が日本政府を支配するためのプロコトルとして「国際勝共連合」が作られた。
まさに、朝鮮・韓国人による日本政府の乗っ取り工作が始まったのだ。
統一教会は、1980年ころから、学業優秀な若者を原理研(CARP)に組織し、自民党員選挙の活動を担い、その恩として公設秘書になり、キャリア試験合格組は、日本政府中枢の官僚になった。
官僚の行先は、大蔵省(財務省)、文部省(文科相)、通産省(経産省)、防衛庁、警察庁、法務省(検察庁)、最高裁だったといわれる。つまり、日本の行政のすべてに統一教会の人材が送り込まれた。
安倍晋三の時代、安倍は最高裁判事まで統一教会の息のかかった人物を任命し、検事総長には原理研出身の黒川弘務を選任しようとして阻止され、法務大臣には、河合克行が送り込まれたが、別件で排除された。
統一教会の魔手は皇室にまで伸びた。文鮮明は「天皇制を廃止させる」と公言し、副会長の久保木修身に天皇の代理人として文鮮明を拝礼させていた。
そこで、文鮮明の息のかかった在日朝鮮人である川島和子の娘、紀子を秋篠宮の妻として送り込んだ。紀子は、本当は徳仁の妻になる予定だったと述べている。
皇族にも、たくさんの統一教会信者を作った。
まさに、統一教会は、日本の三権である、行政、司法、国会、首相府を完全掌握する寸前にあるといっていい。さらに高市早苗を首相に送り込んで、皇室典範を改定させ、明仁氏の血筋を追放し、朝鮮系皇室人脈のなかから天皇を新たに選任しようとしている。その本命は悠仁だろう。
統一教会は、日本という国を乗っ取っているといっても過言ではない。
そのなかで、高市早苗は、とうとう、自分が統一教会員であることを、あからさまに見せつける国会答弁を行った。
人生は、7世代前からの因縁の結果という説明で、これは個人の自由を否定し、先祖や家父長、国家に人生を縛り付けるための詭弁であって、統一教会の代表的な理論だ。
高市は、自分が統一教会員であることを知られても構わないと決意した。
これだけ国家権力を握ったのだから、もう誰も文句を言わないだろうと表明したに等しい。
これからは、統一教会の論理を国民に強要すると、決意表明したに等しい。
日本という国が、朝鮮李朝の両班階級の80年以上にわたる朝鮮併合の復讐計画がの前に屈し、乗っ取られる寸前であることを示した。
私は20年以上前から、このことを何百回もブログに書き、警告を発してきた。しかし、耳を傾けてくれる人は、ごく少数だった。
高市とCIAの合同作戦である日本人奴隷計画は成功するのか?
私は、これから戦争と大地震で、原発が崩壊し、放射能に追われて、国民が行き場を失って逃げ惑う時代がやってくると思う。
そんな大混乱の時代に、統一教会の支配は自滅するしかないと確信している。
AIや兵器ではない。生身の人間の、本当の強さが問われる時代がやってくるのだ。
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