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写真筋:merci Sud Radio Jeudi Chouard / Blog du Plan C





いつから日本やフランスが借金大国になったのか?



「フランスの場合。

 

フランスの国債が膨張しだしたのは、ロスチャイルド銀行出身の
ジョルジュ・ポンピドー大統領が1973年に「ポンピドー➖
ディスカール・デスタン法」を制定したことから始まった。

それはその後、欧州連合のマストリヒト条約
(第104条)とリスボン条約
(第123条)になったことからさらに膨張する。
 

簡単に説明すると、この法律により、フランス中央銀行は今後フランス
国家に金を
貸すことを禁止され、今までそうであったように、
国は無利子でフランス中央銀行から借りることができずに、
利子を払わなければならない私立銀行から借りなければならなくなった。

 

この1973年にフランス国家が貨幣を創造することを放棄した時
ら、国が必要な
資金を金融市場から調達することを自ら義務付けた時から
負債
年々増加の一途をたどった。

以前は、国債は
無いか、微小でしか無かった。

米国と同じく、フランスの
赤字は国の負債合計と同じだ。

フランスの【負債合計】は
所得税と同じ額である。


だが、
国が自ら貨幣を創造する時には、それは必要ではない 

 
 

このようにして、フランスでは1980年と2008年の間に
1088000000000
ユーロの負債が増加し続け、
1036000000000ユーロ
の利子を支払った。

しかし、「私立銀行
バンクスターに支払った正当な利子が無かったら、
2008年末には、
1327、1000000000ユーロの代わりに、
単に
21、1000000000ユーロだった。(Mai68.org)

 

どのような詐欺者がこのような戦利品を手に入れることができるのか?

そして、誰もこの絶対的なスキャンダルを告発しない。
 


 

 

貨幣創造の真実に関するメディアの沈黙

 

黄色いベスト運動でこのフランス国家の負債と貨幣創造権の問題が浮き
彫りにな
話題になっているが、一般には、メディアは根本的な段階
であ
った1973年のポンピドゥーディスカール・ディスタン法を無視
て自由主義的論議だけをしている。


国民
が完全な犠牲になっている。

この法が通って以来
、金融とほんの少しの寡頭主義者(少数で政治を

する
)たちは、指数スパイラル的な格差社会を増長させ、

国民を奴隷にするための完全な措置が与えられたと言うことになる。
 


 

国家が国民一般の利益を守らなくなり、

権力は
今後「民間債権者」の手中にある。


語源的に、
人民の権力であると言う民主主義は死んだ。


我々はそれらをギリシャ、スペイン、イタリア、アイルランド、に見た。

いや、それらは全て、世界中に数年の差はあるが
殆ど同時進行的に
起こされている。

世界規模で、富が
99%から吸い上げられ1%の手中に強制的に集中
されている。
 

 

西欧の場合は、欧州連合、国際通貨基金、欧州中央銀行、これら
「トロイカ」と呼ばれる
ものを誰が統制しているのか?


これらの
新自由主義グローバリズムの世界規模のコーポラテイズムは、
常に人民がみな
窒息まで彼らのグリップを締めるのを止めないだろう。 

 

さらに、終わることなしに、テレビ、ラジオ、メディアで、

「耐えられない国債の総額」、「フランスの破産」、「必要な犠牲」、

「我々はこれ以上贅沢に生きることはできない」、

そして
、「フランス人はもう理解している」とオウムのように繰り返し続ける。

これは、メディアの定番で日本でも同じである。
 

 

リベラル保守派の疲れなきプロパガンダ

正義と
知性に反して、見かけ上の偏った証拠でやむ負えない緊縮政策を
世論に強制する。


ギリシャの
場合には2年間の緊縮政策には何の成果もなかったにもかかわらずに。

 

そして、正当化するために常に同じような単純な質問を出す。

「しかし、借金返済には
、国の赤字を減らさずどうできるのか?」


 

答えは単純である。難しい事ではない。国が必要な支出の資金を、

利子の高い私立銀行から借りて負債を作るより、国が昔
そうしていたように、

国立銀行から
無利子で金を借りることだ




だから、今起こっていることは、純粋
に、単に国に
国民に
対する暴力である

国民が政治家
(国民の代表者と呼ばれる)とメディアの協力を得
私立銀行の前に完全に
無力で膝付いているのだ。

 

政治家の中でもこれら告発する少数がいるが、極右と極左であるが、
彼らも日和見主義でやっているだけだ。

これらは常にリベラル資本主義の肩を担ぐ者たちであり、彼らも帝国に
疑問を
投げかけることは絶対しないだろう。

これはマフィアの「
の掟」の沈黙に似ている。

これらはメディアの使命を裏切っているのだ。